鑑真和上の想いが息づく天平の甍、世界遺産・唐招提寺の魅力を巡る
奈良、西ノ京の地に静かに佇む唐招提寺。
1250年以上の時を超え、天平文化の香りを今に伝えるこの寺院は、多くの苦難を乗り越えて日本に戒律を伝えた鑑真和上によって開かれた、律宗の総本山です。
井上靖の小説『天平の甍』でも知られる美しい金堂をはじめ、境内には国宝や重要文化財が数多く点在し、訪れる人々を悠久の歴史へと誘います。
この記事では、世界遺産「古都奈良の文化財」の一つでもある唐招提寺の歴史から、必見の建造物や仏像、そして鑑真和上ゆかりの見どころまで、その奥深い魅力を余すところなくご紹介します。
唐招提寺の始まり:鑑真和上、苦難の渡来と創建の物語
唐招提寺の歴史は、一人の高僧の不屈の精神から始まりました。その人物こそ、唐出身の僧、鑑真和上です。
当時の日本仏教界では、僧侶の規律が乱れており、正式な戒律を授ける「伝戒の師」が求められていました。
その要請に応えたのが、すでに唐で高名な僧であった鑑真です。
742年、日本の留学僧からの熱心な招きを受け、日本への渡航を決意します。
しかし、その道のりは想像を絶するほど過酷なものでした。渡航は5度にわたって失敗し、その間に鑑真は視力を失ってしまいます。
それでも彼の意志は揺らぐことなく、753年、6度目の挑戦でついに日本の地を踏みました。
時に鑑真、66歳。
来日後、鑑真は東大寺に戒壇を設け、聖武太上天皇や光明皇太后をはじめとする多くの人々に日本で初めて正式な戒律を授けました。
東大寺で5年間過ごした後、759年に朝廷から新田部親王の旧宅地を賜り、戒律を学ぶ人々のための修行道場を開きました。
これが「唐律招提」と名付けられた、唐招提寺の始まりです。
当初は私的な寺院でしたが、後に官寺となり、鑑真の死後、弟子たちの尽力によって金堂などが建立され、壮麗な伽藍が整えられていきました。
境内の見どころ:天平の至宝、国宝建築と仏像群
唐招提寺の境内は、まさに天平文化の宝庫です。数多くの火災に見舞われた奈良の寺院の中で、創建当初の姿を奇跡的に留める建造物が多く残されています。
金堂(国宝)
南大門をくぐると、まず目に飛び込んでくるのが、雄大で美しい寄棟造の金堂です。
8世紀後半に建立された、現存する唯一の奈良時代の寺院金堂であり、その堂々たる姿は圧巻の一言。
中央が少し膨らんだ「エンタシス」と呼ばれる柱の列は、ギリシャ建築との関連も指摘されており、光と影の美しいコントラストを生み出しています。
堂内には、中央にご本尊の盧舎那仏坐像、向かって右に薬師如来立像、左に千手観音立像という、いずれも国宝に指定された3体の巨大な仏像が安置されています。
特に、高さ5メートルを超え、953本もの腕を持つ千手観音立像は、現存する最古で最大の作品です。
この三尊の組み合わせは他に例がなく、唐招提寺独自の信仰世界を物語っています。
講堂(国宝)
金堂の北側に位置する講堂は、平城宮で政務や儀式が行われていた「東朝集殿」を移築・改造したもので、現存する唯一の平城宮の宮殿建築として極めて貴重な遺構です。
堂内には、鎌倉時代作の弥勒如来坐像(重要文化財)が安置されています。
経蔵・宝蔵(いずれも国宝)
境内の東側に並んで建つ、二棟の校倉造の建物です。
南側の経蔵は、唐招提寺が創建される以前の新田部親王邸の米倉を改造したとされ、日本最古の校倉建築といわれています。
御影堂(重要文化財)
元は興福寺の子院であった建物を移築したもので、日本最古の肖像彫刻とされる国宝「鑑真和上坐像」が安置されています。
この像は、鑑真和上が亡くなる直前に、その面影を後世に伝えようと弟子が造らせたものと伝わります。
固く閉じた唇と穏やかな表情のうちに、強い意志が感じられる傑作です。
鑑真和上坐像が特別公開されるのは、毎年6月5日~7日の3日間のみですが、現在は忠実に再現された「お身代わり像」が安置されており、いつでもそのお姿を拝むことができます。
鑑真和上を偲ぶ場所と季節の彩り
開山御廟
境内北東の最も静かな一角に、鑑真和上が眠る御廟があります。
一面に広がる美しい苔庭は、訪れる人の心を静寂で満たしてくれます。
1250年以上経った今も、和上を慕う人々の参拝が絶えません。
瓊花(けいか)
鑑真和上の故郷である中国・揚州の名花で、「皇帝の花」とも呼ばれる珍しい花です。
1963年に日中の友好の証として贈られたもので、毎年4月下旬から5月上旬にかけて、アジサイに似た白い清楚な花を咲かせます。
御影堂の庭園などで特別公開され、和上の故郷に想いを馳せるひとときとなります。
うちわまき(中興忌梵網会)
毎年5月19日に行われる有名な行事です。
鎌倉時代に唐招提寺を復興した覚盛上人が、修行中に自らの血を蚊に与えたという逸話にちなみ、上人を偲んでうちわをまくものです。
このうちわには、病魔退散や魔除けのご利益があるとされています。
拝観案内
- 拝観時間: 8:30~17:00 (受付は16:30まで)
- 拝観料:
- 大人: 1,000円
- 高校生・中学生: 400円
- 小学生: 200円
- ※団体割引、障がい者割引あり。
- ※新宝蔵、鑑真和上坐像特別公開などは別途料金が必要です。
- アクセス:
- 電車: 近鉄橿原線「西ノ京駅」から徒歩約10分。
- バス: JR奈良駅、近鉄奈良駅から奈良交通バス「唐招提寺」下車すぐ。
- 駐車場: 有料駐車場あり。
おわりに
唐招提寺は、鑑真和上の偉大な功績と、天平文化の荘厳さを肌で感じることができる、他に類を見ない寺院です。
静寂に包まれた境内に一歩足を踏み入れれば、そこには1250年の時を超えて守り伝えられてきた祈りの空間が広がっています。
奈良を訪れる際には、ぜひ唐招提寺まで足を運び、その歴史の深さと荘厳な美しさに触れてみてはいかがでしょうか。